パリ・オリンピックに影響されたつもりはなかったのだが。
気がつけば、近頃、二十世紀フランス哲学者の著作を何冊か読んでいた。もう古典
バタイユ「エロティシズム」「眼球譚」、デリダ「声と現象」、レヴィナス「全体性と無限」。
バタイユ「エロティシズム」では、”禁止と侵犯”が心に残った。、、、これ、、、が何かは、、、まだわからないけど、、、ね。
デリダ「声と現象」は、ひたすらにフッサールの話だった。。これもどういうことか、これから、はっきりしてくるのかなーーー、、、。では、それが記事の孫引きで嫌な感じかというと、そういうことは到底なく、いやらしいなー丸パクリやん、という印象もない。ただ、オリジナリティて何だ?🤔という疑問心を俺のハートに焼き付けてくれやがった憎いオシャレな作品だ。
レヴィナス「全体性と無限」は、”顔”が印象的だった。モラルに欺かれているかいないかは重要、、、でも塗りすぎかなぁ、、、日焼け止めクリーム、、、小麦色の肌からは程遠いぞ。
大きな欠伸が続く、、、次はフーコーとポンティを読もう。とりあえず「フーコー入門」って本を見つけたから、これからを読むことにした。直観や、、、。
五輪が閉幕し、ユーラシアと太平洋の境界線にあるココ日本で大阪関西万国博覧会が開幕した。
短い一生の間に一度は行っておくべきだが、自分は万博にご縁は無いと、、、いらおかなあ、、、これだ、、、ソフトマックス、、、だ。そう思っていたにも関わらず、行く展開が訪れたことは幸運だった。会場の西ゲートには駅から直行便のシャトルバスが運行していた。昼ごはんはコンビニで買ったおむすび、、、が、、、いいね、、、でも、、、古すぎると、、、サルトル「嘔吐」だ、、、。
行き当たりばったりで、シンガポール、ブルガリア、クラゲ、ポーランド、ブラジル、インド、ベルギー、アフリカ諸国、色々な国を学んだ。
どんよりと曇っていた。
5月末にしては低音で、コットンの長袖の上着を羽織っていたけど寒かった。雨にも降られず虫にもかまれず楽しかった。フランス、中国は見に行きたかった。空気音場、て何?、、、等間隔。
ベルクソンの「笑い」と「創造的進化」を読んでいたことをうっかり忘れていた。一体、「笑い」とは何なのか、一種のオートメーションだよ、とベルクソンは言ってはいた。何もかもを自動化したら、もう心が世界を、ぼんやりと、その世界とは自らの肉体も含むのだが、そう、ぼんやりと眺めているだけになろう。さて、そろそろ、ポンティの身体論が視界に入った、、、んだね。
いずれも”読む”というよりもむしろ”視界に入れただけ”だ!
秋なのか、、、この肌寒さは、、、。雨が降ったんで、6月、サッカーの世界大会が、、、まるで、、、一言で言い表せば、「現在一五歳 ケンウッド家長男 カーティス」と言えば、分かる人には分かる、、、いずれにせよ、ここでオーストラリアがコアラとカンガルーに待たされたんだ。
そして、ついに手に取ったメルロ・ポンティさんの本、、、題名はまだ言えない。こう言っとこ、、、すなわち、外国語のレッスンに辞書いるよねー。サルトルさんの「存在と無」も届きました。


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