第777会議室

現代社会と並行して、勇者や魔法使いがいる異世界が存在したとしても、現代社会における物理法則が異世界と独立して正常に動作していたならば、たとえ異世界が現代社会に隠然とした力を及ぼしていたとしても、異世界の存在には誰も気付かないし誰も困らないだろう。

福ロウは現代社会における人間の40代男性、転生してきた異世界においては梟の雄であった。

都心から少し離れたところにあるマンションの一室、福ロウの和室の部屋で4名の男女が、何やら騒いでいるようだ。

「何でこんなにダサいんだ!!!動画貼っただけじゃないか!文章は少ないし」

畳の匂いのする福ロウの部屋には似合わない、異世界の戦士から転生した30代男性のアクターサイド=ドラゴノスキーが大声を出している。

4人は最近、協力してサイト制作を始めたところだ。

「ごめんなさい」と元は魔法使いで、今はチームのデジタル秘書をしている20代前半女性、栞が謝った。動画を貼っただけで文章が少ない記事とは、栞が書いたITやWebに関する記事のことだ。

冒頭に大声を上げたアクターサイドは文学と哲学の記事を担当しているものの、まだ一つも投稿していない。そこを指摘して言い返すことは出来たが、栞は敢えて言い返さなかった。

福ロウが栞の側に立った発言をする。

「仕方ないじゃろ。ワシらは異世界から転生してきた素人なんじゃから・・・」

福ロウはくだらない冗談を言うところはあるが、レンタルサーバーの契約などサイト運営の土台となる大事な部分を担っている。

「気がついたら福ロウさんが勝手に始めちゃってて・・レンタルサーバー代も払ったから後戻りはできないよ」とクリスティーン。

彼女はあらゆる被造物に恩寵を与える知恵の女神であった。今は物理学と数学の記事を担当する20代半ばの女性である。

「すまん、でも相談したじゃないか、アクターサイド」と福ロウが応じると、アクターサイドは「おう」とだけ言って頷いた。

「そもそもサイト名『コーヒーとブログ』はアクターサイドが決めてくれたしな」と福ロウが続ける。

福ロウ達が運営するサイトは今のところブログサイトとなっている。くるくると首を回しつつ、あらゆる事物に目を配り、あらゆる事物に興味を示す福ロウの高尚な性向により、ブログの話題は物理学、数学、IT、Web、文学、哲学・・・と多岐に渡っている。

「夢を膨らませてしゃべっているうちは面白いから盛り上がってしまったけど、実際にサーバーの契約をしてとなると、怖くなるよな。まあ、始まってしまったものは仕方ないから、どうやったらサイトが世の皆様にとって良いものになるか、皆で打ち合わせをしようじゃないか」

「そうじゃな」と福ロウは答えた。

福ロウとアクターサイド=ドラゴノスキーの会話の勢いで始まったサイト制作。どんどん発展していくのか、それとも尻窄みに自然消滅してしまうのか。

「俺は意外とやる気あるぞ。ゼロからでも始めるつもりだ。」

サイト制作はまだ始まったばかり。彼らはどこまで真剣なのだろう。

「えーやる気あったんだ・・・」とクリスティーン。

まだ一つの記事も投稿をしていないアクターサイドに疑問ありげである。

そんなリプライを全く気にしない様子でアクターサイドが続ける。

「よし、これは一大プロジェクトだからな。」

福ロウたちは転生元の異世界にいる時からの知り合いで、今回のサイト制作は私的なサークル活動のようなものだ。にも関わらず、どこか大手企業の新規事業のような大袈裟な言い方。

まるで投降することを知らない戦士のようだ。

さて、始めのアクターサイドの口撃に反論せず、黙ってその経過を見ていた栞なのだが。

アクターサイドさんが投稿をしていないのは、他の人の出方を伺っているからかな?

栞はアクターサイドの言動から彼の人となりと所有する特殊能力を分析していた。福ロウたちは異世界にいる時からの知り合いとは言っても、関係は顔見知り程度だったのだ。

それとも単純にネタが整っていないだけかしら・・・。

考えている最中にも、アクターサイドの声が耳に入る。

「ここは第777会議室だ。」

んっ??第777会議室って意味分かんない・・・

無理矢理にでも想像を膨らませろってことかな・・・

気の遠くなるような長い長い廊下。薄暗いオレンジ色の灯り。第1会議室、第2会議室・・・と連番のプレートが付けられた扉が延々と続く。第777会議室と書かれた扉を開けば畳の部屋が目の前に広がる。

・・・みたいな空間設定を魔法で創造したいけど、この世界の物理法則が許すかしら。

福ロウたちは現代社会においても異世界の時に所有していた能力を使うことができる。但し、物理法則の許す範囲内で、という制約があった。

あんまり深く考えない人なのかな?・・・うん、たぶんそう。

結局は第777会議室って深い意味なんてないのよ。なんか考えて損した気分。

彼は元々短期決戦型の戦士。兎に角、性格が真っ直ぐなのよ。

わかったことはそれだけ・・・

栞は差し当たりの結論を付けると、吹っ切れたような明るさで言った。

「スリーセブンは縁起がいいですもんね、アクターさんっ!」

・・・今日はこんなところか。

「これからみんなで頑張りましょうね。ただ、外も暗くなってきましたし、本日は解散としませんか。福ロウさんは、とても早寝早起き。鳥の梟とは違って、夜行性ではないのですから・・・」

きりの良さを感じた栞は、言葉にこっそり忍ばせた魔法で、騒ぎを一気に終焉へと向かわせたのだった。

福ロウの部屋が第777会議室に名称を変え、今後は第777会議室でサイト制作の打ち合わせをすることに決まったところで、今日はお開きとなった。

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