もし異世界の住人が現代社会でサイト制作をしたら

第777会議室

現代社会と並行して、勇者や魔法使いがいる異世界が存在したとしても、現代社会における物理法則が異世界と独立して正常に動作していたならば、たとえ異世界が現代社会に隠然とした力を及ぼしていたとしても、異世界の存在には誰も気付かないし誰も困らないだろう・・・・・・。

ここは島国アポロの一地方都市ウオサカ。

福ロウは、転移元の世界においては齢400をこえる名もない魔梟の雄であった。現代社会における人間、45歳の男性「福郎」の心に憑依している。福ロウは事務員として会社勤めをしている、しがない窓際系サラリーマンである。妻ミナと一人娘カエデの三人で都会から少し離れたところにある築四十年を超えた古いマンションの一室で暮らしている。

雨。会社帰りの電車内。目の前の男が、革靴で床を擦りキュッキュッと音を鳴らした。「暑いねー。あーしんど。」とぶつぶつと呟く別の男。緑の傘を膝で挟んで、支えている女。車掌による車内アナウンスが、「信号待ちです」とだけ告げる。まずいな、事故だろうか。ヒトが線路内に侵入した話が最近多いと聞く。永遠に待ち続けることはないと思うが長引かないだろうか。心配になった。。。しばらくすると「お待たせしました。扉が閉まります、ご注意下さい」といって再び電車が動き出したので、今度はほっとした。「言いたくないが、何て言おう、、、栞が、軽率にアップした投稿について。」

電車から下車し、駅の改札口で定期券をセンサーにかざすと、ICカードの読み取りエラーの通知音が、キンコンと鳴った。「定期券は有効期間内のはずなのだが、、、」福ロウは鼻を掻いた。

QuickTime Playerで保存した動画をYouTubeにアップロードする

今、娘の他に、福ロウの和室の部屋で、男一人、女二人の計3名で集まっていて、ワイワイ騒がしく話し合っているはずだ。福ロウがカチャリと鍵を回し、玄関の扉をギィィと開くと同時に、「何でこんなにダサいんだ!!!動画貼っただけじゃないか!文章は少ないし」と男の叫び声が鳴り響いた。

どうなってる?畳のいい匂いがする福ロウの部屋とはイメージが違う、異世界の戦士から転移してきた32歳の男、赤いTシャツのアクターサイド=ドラゴノスキーがイライラ大声を出している。中性的な雰囲気があり実年齢より若く見える。おだやかそうに見えて、気性は荒い。詳しいことは不明だが、やばいな、と福ロウは思った。妻ミナは実家の法事のため昨日から不在だ。

「おかえりなさい。キッチンの食器棚の上にカエデちゃんが用意してくれた福ロウさんのポテトチップスがあるよん」と白をベースに緑のラインが入ったワンピースを着た名画に描かれた天使みたいな美女クリスティーンに導かれ、ポテトチップスが盛られている小皿を手に取った。彼女はあらゆる被造物に恩寵を与える知恵の女神であった。齢は⚫️⚫️⚫️⚫️を超える。今は物理学と数学の記事を担当している。見た目は実年齢を無視した20代前半ぐらいの若い女性の姿をしている。無垢で優しそうに見えて、怒ったらまじこわいのは、アクターサイドよりも彼女の方。前に一度怒らせたことがある、当のアクターサイドが。。。。

「カエデちゃん、スポーツジム行ってきます、って言って、はりきって出てったよん。そんなに急がなくっても、って言ったんだけど、晩ごはんも外で済ませるからって。」

どうやら娘のカエデもスポーツジムにもう出かけているようだ。カエデがいないのは想定外だ。はりきって出て行ったというのは大間違いで、多分やかましすぎて勉強の邪魔になって出て行ったのだろう、と推しはかる。

福ロウたち4人は最近、共同でサイト制作を始めたところだ。

「ごめんなさい」と、過去は魔法使いで、今は福ロウのデジタル秘書をしている20代の女性、栞がぺこりと謝った。栞の水色のワイシャツと黒のデニムのショートパンツはよく似合っている。

動画を貼っただけで文章が少ない記事とは、栞が書いたITやWebに関する記事のことだ。

近所迷惑に気づかずに、大声をはり上げたアクターサイドは、文学と哲学の記事を担当している。しかし、まだ一つも投稿していない。そこを指摘して言い返すことは出来きそうだが、栞はわざと言い返さなかったようだ。。。

「ゆっくりなのは仕方ないじゃろ。ワシらは異世界から転移してきたズブの素人なんじゃから・・・」

福ロウが栞を庇う発言をする。窓の外から電車が通り過ぎる音が入ってくる。あとでフォローしなければ、と福ロウは、栞とデートをする口実を手に入れたと、内心ほくそ笑んだ。。。

福ロウ達が運営する未完のサイトは今のところブログサイトとなっている。くるくると首を回しつつ、あらゆる事物に目を配り、あらゆる事物に興味を示す福ロウの高尚な性向により、ブログの話題は物理学、数学、IT、Web、文学、哲学、遊び、遊び遊び遊び遊び遊び・・・と多岐にわたっている。

「気がついたら福ロウさんが強引に始めちゃってて・・レンタルサーバーってやつのお代も払ったから、もう後戻りできないよ。」とクリスティーン。

「すまん、でも相談したじゃないか、アクターサイド」と福ロウが応じると、アクターサイドは「おう」とだけ言って頷いた。

「そもそもサイト名『コーヒーとブログ』はアクターサイドが決めてくれたしな」と福ロウが続ける。

「夢を膨らませてしゃべっている間は楽しいから盛り上がってしまったけど、実際にレンタルサーバーの契約をしてとなると、勇気がいるし怖くなるよな。まあ、始まってしまったものは仕方ないから、どうやったらサイトが世の皆様にとって良いものになるか、皆で打ち合わせをしようじゃないか」

「そうじゃな」とだけ福ロウは答えた。

福ロウとアクターサイド=ドラゴノスキーの会話の勢いでトントン拍子で始まったサイト制作。どんどん発展していくのか、それとも尻窄みに自然消滅してしまうのか。

「俺は意外とやる気あるぞ。ゼロからでも始めるつもりだ!!」

「サイト制作はまだ始まったばかり。彼はどこまで真剣まじなのだろうか。お菓子ばっかり食べててもな。」と福ロウはポテトチップスの香ばしい匂いを鼻から吸い込みつつ、心の中で呟く。

「へー意外。やる気あったんだー」とクリスティーンと疑わしげにいった。

まだ一つの記事も投稿をしていない口八丁のアクターサイドに不満げである。

そんなリアクションを全く気にしない様子でアクターサイドが続ける。

「よし、これは一大プロジェクトだからな。」

福ロウ以外の3人は、転移元の異世界にいる時からの知り合いで、今回のサイト制作は趣味程度の私的なサークル活動のようなものだ。にも関わらず、どこか大手企業の新規事業のような大袈裟な言い方だ。連ドラの見過ぎだろう。。。

「まるで投降することを知らない戦士みたいだ。」福ロウはたまにくだらない冗談を言うところはあるが、レンタルサーバーの契約などサイト運営の土台となる大事な部分を担っている。

さて午後7時を過ぎ、まだカエデは帰ってない。あれよあれよという間に騒ぎは収束し、一旦、栞とアクターサイドとクリスティーンが立ち去った後、福ロウは栞と二人だけで、焼肉屋に行った。

「お呼び立てして悪い」栞の機嫌次第で、栞が言いたくないことを、新たに聞くことができるかもしれない。。。

「トントロ」

「タン」

「食べてくれ」

「・・・」

無言で焼肉を食べ始めた栞。

「ひとつ質問に答えてください。味どう?」やや事務的な口調を使って、栞に問うと、「おいしい」と一言だけ応答があった。

福ロウは、「よっしゃ!」と喜びの声を出した。その流れにのって、

「生中二つ」

とビールを注文する。酒に酔ったら、いろいろしゃべってくれるに違いない。。。「今日のアクターサイドはいただけないなーーー、言い過ぎだ。気にするんじゃないぞ。」すると、この日の騒ぎについて栞の目にどのように映ったのかをくわしく問うと、栞が重い口を開いた。

「お気遣い下さり、ありがとう。大丈夫です。昨日今日の関係ではないので・・・もう。」

焼きすぎた真っ黒けの肉をトングで、福ロウのタレが入った小皿に黙々と積み重ねていた栞は、「福ロウさん、お米、おかわりしましょうか?」と尋ねた。福ロウは「よし、いただこう。」と回答すると、栞は「はいどうぞ」とお米をついでくれた。福ロウは「ども」とお礼を言って、茶碗につがれた白米を一気に口にかきいれたのだった。


「何でこんなにダサいんだ!!!動画貼っただけじゃないか!文章は少ないし」そう吠えて、赤いTシャツの男が手に持つスマートフォンの画面をこちらに向けてきた。

同時に、足音がして、鍵を回すカチャリという音が、かすかに聞こえた。玄関の扉がギィィと開く。部屋の主が帰宅したようね。

栞は、アクターサイドから記事を批判されてもプライドは傷付かなかったが、サイト制作についての自分自身の課題は認識している。心に響かなかったものの、反射的に彼の右上に目を逸らした。視線の先にはベランダへと続く窓があり、窓の外には工場が見える。大きなマンションがそびえ立っているため、曇り空は隙間から見るしかない。その隣に私たち3人の仮住まいのアパートがある。この世界に来て、すぐに、福ロウさんが、用立ててくれた。この部屋は6畳の和室で中央にこたつ机がある。もう春過ぎのためか風の吹く音が聞こえるのに窓を開けてもじめじめ蒸し暑く、冷房がないから、どうしようもない。窓からベランダに出れば涼しいに違いないのだが、今はこたつ机の一辺に座っている。

何となく右手に広がる窓の外を眺めていたのは、蒸し暑さから逃れたかったからではない。栞は手許で青白く光るスマートフォンに視線を再び戻し苦笑した。このスマホに表示された拙いブログ記事は私が作ったものなのね。「ごめんなさい。」声に出した言葉はそれだけ。布団のないこたつ机の反対側にいるアクターサイドが言わんとすることは分かっていた。栞は自分自身のスマートフォンへと視線を落としたのだが、すぐに落とした視線を窓の外に戻した。

窓のすぐ下には、このマンション付属の公園があり、その草叢に雀が一羽降り立つのが見えた。思い出すのは、この世界で福ロウさんと出会ったときのこと。

使う語彙は変わったけど、気性は相変わらずの激しさだわ。彼の名はアクターサイド=ドラゴノスキー。栞とは、ともに魔王と闘った戦友である。今から数ヶ月前、栞とアクターサイドは魔王と対峙していた。魔王の圧倒的な力は、攻守共に二人を凌駕していることは分かっていた。にもかかわらず、「弱気になることはない。俺達の力を組み合わせたら必ず勝てる!」そう言って魔王に挑戦しようと威勢良く言い出したのが、アクターサイドであった。

公園の草叢でさっきの雀が何かを啄んでいるようだ。そんな雀に気付かないで、幼児が一人、夢中になって、ブランコで戯れている。時折沿道を通り過ぎる自動車。少し離れたところで、母親と思われる女性が幼児を優しく見守っていた。思い出すのは、クリスティーン

窓の外から「ワハハはは」男の高笑いが聞こえる。栞は魔王との厳しい戦いを、走馬灯のように思い出した。この世界では、”トラウマ”とか”フラッシュバック”という語彙で表現することを栞は知っている。

栞は、クリスティーンの眼差しを感じつつ、コタツの上にうつ伏せにされ背面が上を向いたスマートフォンをじっと見ていた。アクターサイドは、時折こちらを見たり自分のスマートフォンを見たりしている。少しずつ現代社会のことを理解してきたのだが、理解がまだ不十分だ。だからサイト制作は上手くはいってないはずだ。少しずつしか前に進まないことがもどかしい。いや、前に進んでいるのかさえ、不透明だ。この現代社会にやってきたばかりで、サイト制作は右も左も分からないのだから。アクターサイドが苛立つのも理解できるが、仕方ないことではないのか。とはいいつつ、仕方がないことを言い訳にしても、仕方がない。

栞はそう思った後、自分もアクターサイドと同様この世界の事物に染まっていることに気付き、また苦笑し、手に持っていたスマホを俯けにしてコタツ机上に置いた。コタツ机上には、福ロウの娘が用意してくれたコンソメパンチのポテトチップスをのせた小皿が三枚並んでいた。福ロウさんが帰ってきたので、小皿が一枚増え、四枚になった。コタツ机には、”トラウマ”がある。

そんな栞に左隣から注がれる慈愛溢れる眼差しには、いつも安らぎを与えられ、救われた。優しい眼差しに癒やされる一方、栞が見つめ返すことはしなかった。同性からしてもウットリするくらい眩しすぎるその美貌のためである。思い出したのは元の世界での魔王との闘いを決意したときのこと。魔王に挑戦しようというアクターサイドの無謀な申し出に栞は躊躇したのだが、まさか魔王との闘いに、戦闘の経験がない知恵と恩寵の女神が、民間に介入し味方してくれるとは期待してもいなかった。守るべき人々が殺され、遺体の山をなし、血の雨が降り、灼熱の火炎で燃える家屋が灰燼に帰すところを何度となく見た眼にキラリと涙が光り、きっと怒っていたのだろう。泣いていたのだろう。

「ワハハはは!!もがけ!!」

魔王の野太い笑い声は、思い出すたびに、身震いがする。魔王との闘いは数時間にも及んだ。栞たちの攻撃は魔王にはかすり傷程度の意味しか持たない。それに対して魔王の凶悪な攻撃は重く、栞とアクターサイドは幾度となく瀕死の重傷を負った。でも瀕死になる度に女神が放つ恩寵の光。「助かったぜ!クリスティーン様!」それは女神クリスティーンの持つ無制限の治癒魔法であった。この治癒魔法を持つクリスティーンの参戦がなければ、栞は魔王との闘いを決意していなかっただろう。無制限に回復する栞たちは、少しずつ魔王を追い詰めていた。魔王には、僅かな傷しか与えられないが、その僅かな傷が蓄積されていく。栞とアクターサイドは魔王の強大な攻撃を受け止め、致命傷を負うも、直ぐさまクリスティーンにより全回復する。魔王はクリスティーンに狙いを定めるのだが、栞とアクターサイドが壁になるので、届かない。壁になった栞とアクターサイドはすぐにクリスティーンの治癒魔法で全快する。全快した栞とアクターサイドは魔王に攻撃を仕掛け、またダメージが蓄積されていく。栞たちは勝利を意識し始め、魔王の顔に焦りが見える。そして、長い長い魔王の城での戦闘の末、柱の死角でクリスティーンに治癒魔法をかけてもらいつつ、いける、と思った。「出るな!あぶない!」ちょうど治癒が終わって前線の様子を覗き見たタイミングで、轟音と同時に、追い詰められた魔王の手から放たれた禍禍しい閃光。視界は真っ白になった。魔王の奥の手なのか未完成の技なのかは、わからない。

「ぐぉわ!」

カランカランと剣が地面に落下する音とともに、栞とクリスティーンを魔王の衝撃波から大の字で庇うアクターサイドの黒いシルエットだけが、真っ白になった視界の中に浮かび上がった。

酒に酔って、目眩で世界がクルクル回ったような感覚。を覚えた後、徐々に閃光が収まった。閃光が収まったときには、そこは魔王の城ではなかった。

魔王が放った眩い閃光のため、色覚を失ったのだろうか。見知らぬ部屋、窓の外に見える景色、そこは一面”モノクロ”の世界だった。

「ここはどこ?みんなは無事?」誰にでもなく問うと、

「いるわ」クリスティーンの声が背後から聞こえた。振り返るとクリスティーンが栞の真下を人差し指で指し示していた。見ると栞は、正方形のコタツ台の上で、横になっている傷だらけで意識のないアクターサイドのお腹の上に馬乗りに跨っていた。視界が真っ白に失われ、目眩に襲われた隙をついてくるだろう魔王の追撃を警戒することに意識を集中していた。が、魔王の追撃はなかった。警戒しすぎて周りが見えていなかったため、いつの間にか尻餅をついていた栞は下敷きにしている地面が柔らかく温かいことにも気づかなかった。

「え?きも」そう顔を赤面させて言ったあと、すぐに後悔した。栞は何も言わず、右手に移動した。クリスティーンは足早に、彼の左手に移動した。

「痛!」

危急、重体のアクターサイドを治癒した。「起きなさい」

「どうなっているの?私達以外止まっている。」

「なんで俺たち以外、色が無いんだ?」

モノクロになった見慣れぬ部屋。魔王の手から出た閃光放射の結果、ここに飛ばされて来たのだろう。

「ありがとう」

どうやら時間が止まっているようだ。窓の外では、雀が公園に降り立とうする寸前で、空中に浮かんだまま止まっている。ゆりかからま

さっき閉まっていた襖が、いつの間にか開いていて、男が立っていた。彼の右手に握られているのは、掌に丁度収まる大きさの長方形の板のような物体。青白い光を放っていた。「光熱費節減の余地があります。あなたの住宅が一軒家の場合は1#を、あなたの住宅がマンションまたはアパートの場合は2#を、押してください・・・・・・」と抑揚のない単調な声がうっすら聞こえる。

「これはこれは、クリスティーン様。まさかこっちの世界でお会いできるとは。」


「お愛想お願いします!」

お代の支払いをし、焼き肉屋を出たら、不意に消防車や救急車がすごい速さで通り過ぎていった。雨が溜めた水溜りの泥水を、消防車や救急車のタイヤが巻き上げ弾き飛ばした。車道の近くを歩いていた栞に危うくかかりそうになった。福ロウが、泥水から庇うために栞の腕を引っ張ると、栞は、勢い余ってよろけて転倒しそうになった。栞を抱きとめた。「ありがとうございます。」と栞は、頬を赤くして、言った。

道路は幅の広い川を越えるため緩やかなアーチ状になった橋につながっている。オレンジ色の自販機のゴミ箱が風に煽られたのか、倒れて溢れた空き缶が道路に転がっていた。道沿いを北にまっすぐ川を横断する橋を渡った向こう岸には、福ロウの娘カエデが利用しているスポーツジムがある。

その橋の頂点から、ライトをつけっぱなしにした自転車が坂道を下ってきた。サドルに跨っているのは、、、カエデだ!やばい!カエデが「あっ」と大きくカエデの口を開けて、真顔をこちらに向けているのが、遠目にわかった。

「ウオッ!ヤバ!」カエデと目が合った。福ロウは、焦った。妻には言えないので、あとで口止めをしなければ。

「すぐに戻って来い・・・」心の奥深いところで野太い声が響いた。怖いが、以前にも聞いたことのある声だ。その声のおかげで、乾いた折り畳み傘をカバンに入れ忘れて焼肉屋のテーブルに置きっぱなしにしていたことを、思い出した。忘れた傘を取りに、栞と一緒に店内に戻る。レジカウンターで働いているウェイトレスに聞いてみると、座席の椅子の下に落ちていたらしく、福ロウの顔を見るなりサッと手渡してくれた。何かを察しているような雰囲気だ。

福ロウは栞から、福ロウと出会うまでに栞たちに起きた知らなかったことをはじめて聞いた。

朝、目が覚めると、夜明けの空は鼠色だ。福ロウは、前日の栞の話を改めて反芻しつつ、はじめて栞たち三人と出会ったときのことを振り返っていた。

「これはこれは、クリスティーン様。まさかこっちでお会いできるとは。」

3名が身構える。魔王の手先だと疑っているに違いない。

「あなたは?」女神が言った。

網戸を蹴破って外に逃亡していった3名。見えなくなった。

「儂を魔物と思ったのじゃろうか」福ロウは言った。

どのくらい待っただろうか。

一体全体どうしたらいいんや

「ここは何なの?」魔法使いらしき少女が言った。

福ロウの腕時計が、二時間先に進んでいた。腕時計のベルトがちぎれた。


栞たちと福ロウの出会いは、この部屋だった。

「驚いた。儂以外でこっちに世界に来た者を初めて見たわい。」

栞はアクターサイドはまだ一つの記事も投稿していないことを、わざと言い返さなかった。

「ゆっくりなのは仕方ないじゃろ。儂らは異世界からやって来た素人なんじゃから。」と栞の背後からの声。襖によって隣の部屋切り分けられている。その襖を背に座っている男は、名を福ロウという。栞がわざと言い返さず、ぐっと飲み込んだ言葉をあっさりと声に出したのは、この古い部屋の主である。

栞はこの現代社会にやってきて数ヶ月、この世界に随分驚かされたが、少しずつ慣れてきた自分が不思議であった。

「気がついたら福ロウさんが強引に始めちゃってて・・レンタルサーバーってやつのお代も払ったから、もう後戻りはできないよ」とクリスティーン。”もう後戻りはできないよ”って、、、さてはクリスティーンもあのドロドロの昼ドラ見てるわね、、、

今思えば、何故サイト制作をすることになったのだろうか。気が付けばサイト制作することになっていた。

どうやら、わざわざレンタルサーバーを用意してまでサイト制作をする人は、すごくレアな存在らしい。”ぽっと出”の異世界人が簡単にできることではないことなんて、簡単に想像できる。

アクターサイドの口撃に反論せず、黙って経過を眺めていた栞なのだが。

アクターサイドが投稿をしていないのは、他の人の出方を伺っているからかな?

栞はアクターサイドの言動から彼の人となりと所有する特殊能力を分析し、推理していた。アクターサイドは異世界にいる時からの知り合いとは言うものの、顔見知り程度の関係だったのに、とつぜん魔王討伐チームで同志となった。

それとも単純にネタが整っていないだけかしら・・・。

考えている最中にも、アクターサイドの声が耳に入る。ある

「ここは第777会議室だ。」

んっ??第777会議室って意味分かんない・・・888でもいいんちゃう?

無理矢理にでも想像を膨らませろってことかな・・・想像力のない人間が一番嫌われる、とどこかで聞いたことあるし。えーと、えーと・・・まだ慣れてないけど。。。

気の遠くなるような長い長いミルクティー色の廊下。薄暗いオレンジ色の灯り。第1会議室、第2会議室・・・と連番の金属プレートが付けられた木製の黒い扉が延々と続く。第777会議室と書かれた扉を開けば畳の部屋が目の前に広がる。

・・・みたいな楽しい空間設定を魔法で創造したいけど、この世界の物理法則が許すかしら。

あんまり深く考えない人なのかな?・・・うん、たぶんそう。結局は第777会議室って深い意味なんてないのよ。なんか考えて損した気分。彼は元々短期決戦型の戦士。兎に角、性格が極めて真っ直ぐなのよ。現時点でわかったことはそれだけ・・・栞は差し当たりの結論を付けると、わざとらしい明るさで言った。

「スリーセブンは縁起がいいですもんね、アクターさんっ!」

・・・今日はこんなところか。

「これからみんなで頑張りましょうね。ただ、外も暗くなってきましたし、本日は解散としませんか。福ロウさんは、とても早寝早起き。鳥の梟とは違って、夜行性ではないのですから・・・」

きりの良さを感じた栞は、言葉にこっそり忍ばせた魔法で、この騒かしい会議を瞬時に終焉へと向かわせたのだった。

福ロウの6畳の部屋が第777会議室に名称を変え、今後は第777会議室でサイト制作の打ち合わせをすることに決まったところで、一旦、今日はお開きとなった。

自室に戻ってからすぐ、福ロウから電話の着信音が鳴った。栞はニヤリとして、通話ボタンをタップした。

福ロウたちは現代社会においても異世界の時に所有していた能力を使うことができる。但し、物理法則の許す範囲内で、という制約があった。

コメント

  1. zirwoi

  2. yedctm

タイトルとURLをコピーしました